今回は、ご紹介したい資料があります。

「東京都アジャイル型開発に係るプレイブック」(以下プレイブック)という、東京都デジタルサービス局から2023年3月に公開されたばかりの、アジャイルの啓発本です。


『東京都アジャイル型開発に係るプレイブック』とは

もともとは都庁の開発案件に携わる人向けに企画されたガイドブックですが、アジャイルをこれから取り入れたいと考えている開発者や、プロマネ、そして広くアジャイル経験のない都職員を対象にした入門ガイドです。

今回、このガイドブックをご紹介するのは、PMP®試験の受験生のための教材としても、大変参考になると考えられるためです。

新しくなったPMPの試験では、アジャイルの知識を前提とした問題が半分以上出題されます。ところが、受験生の多くが、実際の業務では、予算と納期の厳しい制約に縛られた予測型(ウォーターフォール型)の業務に携わっていて、アジャイルに関する学習が、合格ラインを突破するためのハードルになっている、という事実があります。(2022年度アンケート結果:豆検調べ)

PMP®試験はスクラムマスターになるための試験ではないので、スクラムガイドに記載されたマインドや、アジャイルの実務の詳細を記憶するだけでは、いつまでたっても「大きな組織にアジャイルを導入するということはどういうことなのか」を理解することがなかなか難しいと思われます。

そこで、この「プレイブック」が受験準備にヒントになれば、ということでご紹介させていただきます。

出典:東京都構造改革推進チーム

関心したのは以下の3点です。

①大きな組織にアジャイルを導入するための、テーラリング(標準化されたプロセスや設計書を自分たちの組織に合わせて仕立て直して使うこと)のやり方が、アジャイル初心者が読んでもとてもわかりやすく書かれている。

②「アジャイル用語集」を整理しっぱなしで放置するのではなく、デジタルサービス局(全社PMO的な役割を担当)による「現実的なしかけや支援サービス」や「チーム編成の方法」が、きちんと用意されている。

③大きくてプロセス重視の代表的な組織である行政にアジャイルを導入することで、巻き戻らない組織改革を浸透させ、現実的に成功させようとする強い意志を感じる。

アジャイル初心者にもわかりやすい

スクラムガイドや、アジャイル実務ガイド、そのほかのアジャイル関係の専門書は、標準書として抽象化して表現していたり、逆に専門的過ぎて、アジャイル初心者にはわかりづらいところもあります。


この「プレイブック」は、スクラムに忠実に基本的なマインドや基本的な要素について、「これしかない」というレベルまで噛み砕き、わかりやすく説明しています。

出典:東京都構造改革推進チーム
出典:東京都構造改革推進チーム
出典:東京都構造改革推進チーム
出典:東京都構造改革推進チーム
出典:東京都構造改革推進チーム

バックアップの仕掛けがしっかりしてる

よく考えられた組織によるサポート:実際にプロジェクトがスタートすると、以下のような構成で仕事に取り組みます。プロダクトオーナー(PO)と全体統括が東京都の職員チームです。プロダクトオーナーは現業部門から参加し、「これが欲しい、こう変えたい」が良くわかっている人間です。

一方、スクラムマスター、開発者、(プロダクトオーナーを支える)プロダクトオーナーアドバイザーは、ソリューションベンダーが提供する専門性を持ったリソースです。

ここで特徴的なのが「全体統括」を担当するデジタルサービス局のメンバーです。彼らは裏方として、予算と納期、成果物の基本的な要件、の3つについて、迷走したり拡散したり停滞したりしないように組織的にサポートします。この、全体統括の存在が、アジャイルチームの活動をリアリティがあるものにして、成果物を確実に生み出し、文化を組織に浸透する役割を果たします。

組織改革にやわらかな方法論を上手に活用

いくつか紹介されている内容は、いずれも身近なテーマから選択し、巨大な組織へのアジャイル導入のきっかけになるかも、と思わせるものです。

  • 福祉保健局 動物愛護相談センター /問い合わせ等受理簿のデータベース化
  • 環境局 環境改善部 /光化学スモッグ連続測定データベースの統一化及び可視化
  • 教育庁 都立学校教育部 特別支援教育課 /通学区域デジタルマップ化

出典:東京都構造改革推進チーム
出典:東京都構造改革推進チーム
出典:東京都構造改革推進チーム

ソリューションベンダーにとってのアジャイル

ちょっと視点を変えて、ソリューションベンダーにとってのアジャイルについて触れておきます。

ストレートに言えば、ソリューションベンダー、プレイブックの中では開発者にとって、顧客の経営課題や業務課題は、しょせんクライアント組織の中の話。
自分たちのチームにとっては他人事です。これは開発チームがどんな方法論を採用しようが、根っこのところでは共通です。

予め合意されたシステム機能を実現できればよくて、一番大切なことは、与えられた環境において納期を守ること、赤字を出さないこと、品質問題で手戻りを発生させないこと。

ただし、これからは、クライアントのゴールをソリューションベンダーが、お題目ではなく、正味、理解できているかが、受注獲得の重要なカギとなりそうです。


つまり、クライアントに代わって自分たちが開発するシステムのゴールはなんなのか、どんな業務課題があって、それをどう解決するのか、それによってどんないいことがあるのか、についてちゃんと理解できているのか。


製造、流通、デジタルエンタメ、通信、金融、官公庁・・・今後ますます増えてゆくと想定される、アジャイルを選択したクライアントにとって、言われたことだけ、納期どうりにつつがなく仕上げるベンダー、実は人月ベースの売上積上げが最大関心事のベンダーに魅力は感じません。


恰好の良いプレゼン資料ではなく、顧客組織の戦略や業務課題をどれだけ深く正確に理解しているか、がますます重要になってくると思われます。

まとめ

ということで、日常業務がウォーターフォールで、アジャイル学習中、という方に強力にお勧めいたします。

「東京都アジャイル型開発に係るプレイブック」のPDFはここからダウンロードできます。
https://shintosei.metro.tokyo.lg.jp/post_cp2_230517/

さて、本プロジェクトの仕掛け人の東京都の副知事の宮坂学氏は、ご存じのとおり元yahooのトップであり、ITビジネスの世界で辣腕を奮ってきた人です。

経済合理性が至上命題の世界から来た人には、考え方のレベルから仕事のお作法まですべてが異次元で、会議でも「アウェー」感満載だと思います。

しょっちゅう間違えるポンコツな行政サービスでは困りますが、どんなに大きくても人間の作る組織に「無謬性」なんてありません。間違ったことに対しては「なんか、ヘンじゃね?」と言える職場の雰囲気が大切です。

そんな中で、都庁内で進行中のアジャイル・プロジェクトや、本書のようなアウトプットを見ると、FAX、ハンコ、規範重視のフィールドで、組織文化を変える試みをしつこく続けていることを感じます。

見方によっては中央省庁よりも都民に対するリアルな現場のサービスを担っている分、空回りしないで済みます。巨大な根や石を掘り起こし土壌作りからはじめるような地味な仕事ですが、引き続きがんばってほしいです。

(このテキストは以下の資料またはサイトを参考に作成しました)

アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループ提言
/行政改革推進本部
https://www.gyoukaku.go.jp/singi/gskaigi/agile.html

「アジャイル型政策形成・評価」について/同上(総務省)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000797752.pdf

「アジャイル・ガバナンスの概要と現状」報告書(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/press/2022/08/20220808001/20220808001.html

組織のチェンジマネジメント実務ガイド
Project Management Institute.

PMI Blog
Building an Agile Work Culture: Creating Inclusivity and Collaboration
20 May 2021
Scott Ambler
Vice President & Chief Scientist | Disciplined Agile, PMI

宮坂@GovTech東京理事&東京都副知事
https://twitter.com/miyasaka?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor


(66) 東京都デジタルサービス局が作った 『アジャイル本』