1966年~1967年のベトナムはアメリカ軍機による北ベトナムに対する猛爆が日常化していた時期。南ベトナムにおけるアメリカ軍兵力は50万人近くに膨れ上がり、それに伴い米軍の犠牲者数も1965年の509人から僅か2年で一気に1,594人に急増していた。

RF-4Cファントムのパイロットだった20代の彼は、北ベトナム上空の偵察飛行を含め、1967年の派兵から1975年のサイゴン陥落による本国帰還まで実に100回以上のミッションを遂行している。

ジャングル奥深くに入り込み、撃墜されるかもしれない恐怖と隣り合わせの日常で、彼の望みは与えられたミッションを完了し、仲間のパイロットとともに無事に帰艦すること。

「生死にかかわる状況で考え、行動する方法について受けたトレーニングが、私の人生の残りの仕事のやり方を形作ることになるとは想像もしていませんでした。」

※ “Back then I was just a young jet pilot hoping to survive my required missions. I didn’t know that my flight experience, and the training I’d received on how to think and act in a life-or-death situation, would shape the way I would work for the rest of my life.” Source : Scrum and Fighter Pilots/newbo.co

image source : U.S. National Archives Public Domain Archive


彼が受けたこのトレーニングこそが、戦闘機のパイロットがリスクをコントロールするために使用するOODAループと呼ばれる手法でした。OODAを発案、教官として教えたのは、ジョンボイド大佐。彼のOODAループ理論は米軍に高く評価され、F-15などの戦闘機開発にも大きな影響を与えることになります。

ジョンボイドのOODAループ理論は、敵の行動と状況を観察し(Observe)、方向を定め(Orient)、判断し(Decide)、行動する(Act)という短い周期で構成されていました。

今日、しばしば対比されることが多い PDCAとの大きな違いは、PDCAが、すでに組織による方向付けは決定した後で「計画」からスタート、計画とのギャップ調整により改善を重ねてゆくことを重視するのに対して、OODA が、複雑で想定外の状況がめまぐるしく発生し変化しつづける現実世界の観察と情勢への適応を前提としている点です。

方法論としてのOODA が特徴的なのは、方向定め、または情勢への適応(Orient)と呼ばれる部分において多くの異なった領域およびチャンネルにまたがる取得情報を必要とすること。そしてなによりOODAループを回す、そのスピード感でした。

目まぐるしく状況が変化する現場においては、必要以上に緻密な計画、文書化作業、会議の繰り返しは、チームの迷走と停滞、より甚大な被害を招くことになりかねません。とりわけリスクと不確実性に満ちた戦場では、優れた情報収集能力と冷静な状況認識力、意思決定の速さを身に着けることこそが生き延びるための決定的とも言える要件でした。終わりの見えない戦闘の日々の中で彼がボイドの思考に心頭していったことは想像に難くありません。


11年間におよぶ長期間の兵役の後、彼は本国に帰還し新しい道を歩み始めます。コロラド大学医学部で彼はデータ収集とITシステム開発に携わったのち、インターネット関連企業での開発者としてのキャリアを積みます。後に北米の金融機関に職を得た彼は、ATMビジネス・ユニットのゼネラル・マネージャーとして銀行のウォーターフォール型の開発プロセスが機能していないことに気づきます。そこで彼は数多くの納期遅れ、品質の低下、ユーザーの不満、メンバーの消耗といった(実は現在でも変わらない)光景を目にすることになります。


彼の名前は、ジェフサザーランド。ともにベトナム戦争を戦ったケンシュウェイバー ※ も同様に従来型の開発アプローチと開発における不確実性の前で四苦八苦していました。その後、2人は、オブジェクト指向プログラミングの国際会議、OOPSLA’95でスクラムを発表します。 ※

Jeff Sutherland

image source : Jeff Sutherland /wiki
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Ken Schwaber (born 1945 in Wheaton, Illinois) is a software developer, product manager and industry consultant. He worked with Jeff Sutherland to formulate the initial versions of the Scrum framework. They are co-authors of the Scrum Guide. Schwaber runs Scrum.org.(Wiki)

The original paper on SCRUM (OOPSLA 1995)


良く知られているように、スクラムの共同創設者であるジェフ・サザーランド博士は、アジャイルマニフェストの最初の署名者でもあります。その後、自らの会社Scrum, Inc.を設立し、現在では世界で最も優れたスクラムトレーニングの提供元として、何千もの企業に対して、スクラムの導入を支援しています。

ジェフ・サザーランド博士は、OODAにインスパイアされたアイデアを、ケンシュウェイバー氏とともに、より洗練、具体化させます。彼は、SECIモデルを参考に、チームによる知的創造のプロセスに踏み込んで、「デイリースクラム」、「スプリントレビュー」、「レトロスペクティブ」といった、シンプルでわかりやすい仕組みを形にしてゆきます。

彼は、スクラムについて「ソフトウェア開発だけではなく、企業の経営そのものにこそ応用すべきだ」と繰り返し語ります。その後スクラムは、 変化の激しい市場や進化する技術環境の中で版を更新し、時代に沿って洗練されてゆきます。変化を起こるものと考え、 起こっていることの意味と影響を認識し、 誰かの指示を待つのではなくチームが自分たちで考え素早く行動する、という考え方は OOPSLA’95 に発表されたオリジナルペーパーからほどんど変わっていません。


Ken Schwaber / Google Tech Talks September 5, 2006


若い日に空軍パイロットとしてジョンボイド大佐から受け継いだOODAのコンセプトは、後のスクラムの構想に影響を与えることになります。彼らの作り育てた方法論は今日ではアジャイルソフトウエア開発の代表的な手法として、また 組織全体の働き方を変える理論として、 マーケティングや製品開発、クラウドサービス、人事・組織開発へと展開し、 Google、 Amazonはじめ多くの企業で支持され、幅広い実務に採用されています。


この記事は以下のサイト、他映像資料を参考にしました。

OODAループ

ベトナム戦争

Jeff Sutherland


(58)コーヒーブレーク「OODAループと若い米軍パイロットの話」 
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