イーロン・マスク氏は、その圧倒的なスピード感で常に注目を集めています。宇宙開発、電気自動車の革新、さらには政府効率化省(DOGE)の推進といった活動においても、彼は常に期待を超えるアウトプットを出し続けています。毀誉褒貶ある中でも、その経営手法には共通してアジャイル的な価値観が色濃く反映されています。

この記事では、イーロン・マスク氏の経営手法をアジャイル・アプローチの視点から、わかりやすく(ある意味では極端なほど、その特徴をわかりやすく)解説している動画(日本語字幕付き)がありましたので、PMP資格試験学習中のみなさんにむけて簡単にご紹介したいと思います。

この動画の中で、一時期テスラの社員だった Joe Justice氏は、実はテスラ社がスケールドアジャイルもリーンもスクラムも、(少なくともプロトコル面から見て)一切、使用していないなかったことを暴露(?)しています。彼らがやっていたことは、ひたすら「自律的に測定されたKPIを改善するためのグループ活動」と呼べるようなものだったと説明しています。しかも経営目標はすべて千年レンジで設定されていたとのこと。非常に興味深いテーマが盛りだくさんの動画ですが、この記事のポイントはそこではありません。イーロン・マスクの経営手法には、アジャイル・アプローチと共通する多くの際立った特徴が含まれている、という点です。

How Elon Musk Would Run YOUR Business mit Joe Justice — Hands-on Agile EXTRA

PMP資格試験の受験生にとってもアジャイルは必須の知識であることは間違いありません。が、日ごろ、予測型の仕事をメインに担当されている方にとっては、「アジャイル宣言」や、「アジャイルソフトウェア開発宣言の背後にある12の原則」の学習方法に戸惑いを感じている方がいらっしゃるかもしれません。


『言っていることはたしかにそのとおりだし、何の異論もないけど、あまりに言っていることがシンプルすぎて、だから何?』と感じている、多くのPMP®資格試験の受験生がいることを知っています。

そこで、アジャイルの4つの価値観を中心に、実際のイーロン・マスク氏の経営では、どのように実行されているか、という視点から見てみることにします。
もしかすると、あなたが苦手としていた、アジャイルの考え方や、原理・原則に関する問題の回答のヒントになるかもしれません。


アジャイル宣言とは

ここで最初に「アジャイル宣言(アジャイルソフトウェア開発宣言)」についておさらいしておきます。アジャイル宣言は、2001年に17名のソフトウェア開発者が議論し、実践的な手法とマインドセットを表明したもので、従来型の開発方法と異なるアプローチを提案しました。

このマインドセットは世界中の開発者に支持され、アジャイル開発として広まりました。さらに、「アジャイル宣言の背後にある原則」は、このマインドセットを実現するための根本的な取り組み姿勢として示されています。

アジャイル宣言の4つの価値観は以下の通りです。

☑︎ 個人と対話をプロセスやツールより重視する
 プロセスやツールよりも、チームメンバー間でのコミュニケーションと協力を重視する。

☑︎ 動くソフトウェアを包括的な文書より重視する
 完全な文書よりも、実際に動作するソフトウェアを優先する。

☑︎ 顧客との協調を契約交渉より重視する
 契約交渉に時間を割くよりも、顧客と継続的に協力していくことを重視する。

☑︎ 変化への対応を計画に従うことより重視する
 事前の計画に従うことよりも、変化に柔軟に対応することを重視する。

イーロンによる前述のような経営スタイルを、「アジャイル型」と名付けるかどうかの厳密な議論は別として、迅速な意思決定と柔軟性の確保、現場からのフィードバック活用、継続的改善、失敗を学びに変える、変化への迅速な適応、などの共通した特徴が伺えます。



イーロン・マスク氏の経営の特徴

イーロン・マスク氏の経営は、アジャイル・アプローチに通じる特徴を持っています。彼は現場主義を重視し、迅速な意思決定と柔軟な対応を実現しています。顧客との直接的なコミュニケーションを取り、フィードバックを即座に製品に反映させることで、継続的な改善を推進します。
また、変化への適応を最優先し、市場の動向に素早く対応しています。

1.個人と対話をプロセスやツールより重視する

アジャイルでは、プロセスやツールよりも、個人とその対話を重視します。イーロン・マスク氏も現場主義を徹底し、エンジニアやスタッフとの直接的な対話を重視しています。現場の問題を迅速に把握し、改善に向けた対応を即座に行うことが彼の経営スタイルです。

☑︎ 実例:スペースXのロケット事故とその対応

2015年、スペースXの「ファルコン9」ロケットの打ち上げ中に爆発事故が発生。
この事故により、重大な損害が発生したが、イーロンは即座にエンジニアチームと共に現場で問題を詳細に分析、事故の原因としてロケットの燃料タンクの金属部分に亀裂が生じたことを特定し、エンジニアと直接的な対話を通じて迅速に改善策を決定し実行に移した。結果として、より耐久性の高い材料を導入することに成功した。

☑︎ 実例:PayPalの迅速な意思決定と改良

初期のPayPalの事業において、彼は徹底して現場の意見を重視した。ユーザーのフィードバックを元に、決済システムをスピーディに改良し、競争の激しい市場での優位性を確保した。計画書やレポートに頼らず、実際の状況に即した迅速な対応を行ったことが、PayPalの成功に大きく寄与した。

2.動くソフトウェア(現実の成果物)を包括的な文書より重視する

アジャイルでは、文書よりも動くソフトウェア(製品)を最優先します。イーロン・マスク氏も同様に、計画書や詳細な文書よりも、実際に機能する製品を迅速に市場に投入することを重視しています。彼の企業は、試行錯誤を繰り返しながら、現実的な成果物を最速で提供することを重視しています。

☑︎ 実例:テスラのソフトウェアアップデート 

テスラ車両は、インターネットを通じて定期的にソフトウェアアップデートが配信され、これにより車両の性能は継続的に向上しつづける。IOTの概念が今ほど一般的ではなかった2018年に、「オートパイロット」の自動運転機能が大きく改善され、他社に先行しテスラ車の自動運転がより安全かつ効率的に動作するようになった。ユーザーからのフィードバックを反映させ、数週間以内のケイデンスでソフトウェアを頻繁にアップデートすることで、ドライバーに即座にメリットを提供している。

3.顧客との協調を契約交渉より重視する

彼の企業では、顧客との協力関係の構築と徹底したフィードバック情報の収集が最優先されており、顧客が直面している課題に対応することに注力しています。

☑︎ 実例:OpenAIのGPTシリーズ

良くしられているように、イーロン・マスクは、OpenAIの創設に大きく貢献している。OpenAIは、AIの開発と運用において、顧客や社会と協力し、そのニーズやフィードバックを反映させることを重視している。AI技術の進化において重用なことは、契約交渉ではなく、実際の利用者とのコラボレーションであることは自明であり、同社の最重要課題となっている。
☑︎ 実例:フルセルフドライビング(FSD)機能の改善

自動運転技術を持つ「フルセルフドライビング(FSD)」機能はユーザーからのフィードバックを受けて継続的に改善されている。初期のFSDバージョンでは、複雑な交差点や予期しない障害物に対する認識が不十分で、ユーザーからの不満が多く上がっていた。顧客のフィードバックを積極的に受け入れ、リアルタイムでその改善に取り組むよう指示し、車両が収集した走行データをもとにAIアルゴリズムを更新し、ユーザーが実際に遭遇した状況を反映させてシステムを改良した。
☑︎ 実例:スペースXの商業宇宙旅行に対する顧客ニーズの反映

スペースXは、商業宇宙旅行における顧客ニーズを反映させるために、打ち上げ前の訓練プログラムや搭乗体験を開発した。初期の宇宙旅行計画では、一般の顧客が宇宙に行くための安全性や手続きに関する不安があった。これを受けて、顧客の安全性と快適性を最優先に考え、訓練プログラムの内容や宇宙船内での体験が大幅に改善された。また、実際の顧客のフィードバックを受けて、宇宙船の設計や搭乗手続きの簡略化が進められた。

4.変化への対応を計画に従うことより重視する

常に変化しつづける外部環境に置かれる企業にとって、事前に決めた計画に固執するのではなく、市場や状況の変化に柔軟に対応することは決定的に重要です。

場合によっては、事業の進行中に必要な変化を取り入れ、方向転換をためらうことなくゴール達成のためのアプローチを調整します。

☑︎ 実例:シカゴの地下高速交通システム

イーロンは、シカゴの地下高速交通システム計画において「BoringCompany」を通じて積極的に関与し、プロジェクトの進行を加速させた。初期の計画では、シカゴの地下システムは複数の地下トンネルを使用し、時間通りに空港とダウンタウンを結ぶことが目標だったが、都市の交通状況や市民のニーズの変化により、柔軟に対応する必要が生じた。地下交通システムの建設には、シカゴ市や連邦政府による多くの規制や承認プロセスが必要であり、計画変更には既存の規制機関や政治的障害が立ちはだかった。彼は、地下システムが既存の交通機関を補完し、シカゴ全体の交通効率を向上させることを粘り強く説明し、協力の重要性を強調、新しいルートが既存のインフラとどのように連携するかを示し、対立を最小限に抑えた。

『価値にフォーカスする』とは何か?

上記の事例からわかることは、イーロン・マスク氏が示している仕事に対する根本的な取り組み姿勢、そして、彼がどこまでも「価値にフォーカス」し続けている、という事実です。

販売面のピンチを迎えているテスラ事業ですが、マスク氏は会議や手続きではなく、一貫して目先のプロセスに囚われることなく、最も重要な目標――すなわち「顧客に価値を提供し、最終的なゴールを達成すること」――に注力しています。その経営スタイルは、揺るぎのないものに見えます。

実は、PMBOKが第6版から第7版へと大幅に改訂された今回、この「価値にフォーカスすること」が最大の主題として位置づけられています。ところが、意外とこの点に気づいていない方も多いのではないでしょうか。

PMBOK第6版までは、「知識体系」としてスケジュール、コスト、品質管理といった詳細な情報が大量に記載されており、それらはまさに現場のリーダーやプロジェクト・マネジャー、教育担当者が求めていたものでした。PMP資格試験においても、受験生はまずそれらの知識を記憶することがターゲットでした。

これに対してPMBOK第7版では、第6版では付録扱いだった「プロジェクトマネジメント標準」が冒頭に移動し、内容も一変します。従来のように立ち上げ、計画、実行、モニタリング、終結といったフェーズごとの管理プロセスを並べるのではなく、最初から「価値実現システム」が登場します。

「なんですか、これ?」と思われる方もいるかもしれませんが、さらに「原理・原則」の中にも「価値に焦点を当てること」という章が明示されており、念には念を入れてこの重要性が強調されています。


単なる手順の暗記では通用しない

多くのPMP受験生は、「プロジェクト管理の勉強」といえば、スケジュール管理、見積もり技法、品質管理、WBS(作業分解構成図)など、実務で役立つ具体的な技法を想像すると思います。

しかしPMBOK第7版は、こうした従来のアプローチとは明確に一線を画しています。

「プロジェクトは単にアウトプットを生み出すのではなく、それらを通じて、組織やステークホルダーに最終的な価値を提供することが重要である」
PMBOK第7版では、こう明記されています(『PMBOK®ガイド』第7版+プロジェクトマネジメント標準)。

つまり、最新のPMBOK®ガイドが伝えているのは以下のようなことです:

× 精緻なプロジェクト計画書で経営陣を納得させ予算を獲得すること

× 与えられた予算とWBSに沿って開発・テストしシステムを納品すること

× 内部品質監査や案件審議委員会のチェックシートをパスする文書を作ること

× 
顧客の変更要求について変更管理委員会の承認後ベースライン変更手続きを行うこと、etc..

――これらは確かに「プロマネの仕事」として一般に考えられているものですが、本来のゴール達成においては副次的な活動に過ぎない、というのが第7版の主張です。

問題集を解いていて、「どれも正しいことを言っているので、どの選択肢が正解かわからない…」と感じた経験はありませんか?
それは原理原則やマインドセット、PMIイズムと呼ばれるような、プロジェクト・マネジャーとしての基本姿勢を問う問題かもしれません。

繰り返しますが、PMBOK第7版が重視しているのは、最終的な「価値の実現」です。
この価値に焦点を当てる考え方は、試験で得点するための前提条件といっても過言ではありません。

上記のような問題について、この前提がないままでは、どれだけ勉強しても合格ゾーンが見えてきません。

「言っていることはもちろんわかるけれど、選択肢の違いがいまいちピンとこない」
「そもそも、そんな当たり前のことをなぜ聞いてくるのか…」
そんなモヤモヤを感じたことがあるなら、それはおそらく、あなたが字面だけを追っているからです。


これらは、ありがちなお題目や念仏のようなものではなく、特定の業界だけに通じる“呪文”でもありません。
むしろ、きわめて実利的でシンプルな方法論です。

現在、テスラ社では17万人以上の社員のうち半数が自動化に携わり、予算の50%以上が自動化テストに投じられているとされています。

一方で、社員たちの就業スタイルは、会議や計画書の作成よりも、チームで協力してモブアラウンドしながら問題解決にあたるという、いわゆる“自己組織化”を重視したものに変化しています。

この風景に、どこか懐かしさを感じた方もいるかもしれません。
本田宗一郎氏の時代、日本の製造業で広く評価されてきた「ワイガヤ」というコミュニケーションスタイルが、そこには重なります。

マスク氏はこれらの手法をフォーミュラ化し、さまざまな産業――宇宙航空、自動車、エネルギー、地下トンネル、保険、AI、ソーラー、神経インターフェースなど――に応用しています。


(この記事の作成にあたっては以下のYouTube動画を参考にしています)
How Elon Musk Would Run YOUR Business mit Joe Justice — Hands-on Agile EXTRA
https://www.youtube.com/watch?v=w9koMbfO6_s


PMBOK®ガイド 
プロジェクトマネジメント標準 
2価値実現システム
2.1 価値の創出
2.2 組織のガバナンスシステム
3プロジェクトマネジメントの原理・原則
3.4 価値に焦点を当てること

プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(PMBOK®ガイド )

2.6 デリバリー・パフォーマンス領域
2.6.1 価値の実現

付属文書 X5
X5.2 原理・原則ベースの標準への移行

PMBOK®ガイドおよびPMBOK®Guide -Seventh Edition、PMPおよびPMI はProjectManagement Institute, Inc.の登録商標です。テスラ及びTesla社の各モデルはTesla, Inc.の登録商標です。

(72)イーロン・マスクの経営手法とアジャイル・アプローチ