プロジェクトは、プロジェクトをドライブする原動力とも呼べるものによって大きく2つの種類(予測型と適応型)に分類できます。予測型のライフサイクルとプロセス群の関係を見てゆく前に少しだけ、適応型のプロジェクトについて触れておきます。


適応型プロジェクトとは

適応型の開発プロジェクトは次のような呼び方をされるときもあります。

・イテラティブな開発プロジェクト
・インクリメンタルな開発プロジェクト
・アダプティブな開発プロジェクト
・アジャイル型の開発プロジェクト

適応型のプロジェクトのライフサイクルは組織やプロジェクトによってもさまざまです。適応型のプロジェクトはWEB系やモバイル系を中心とした web広告、SNS、企業向けWEBサイト構築等のプロジェクトだけでなく、基幹業務アプリケーション開発を含む多くのプロジェクトで採用されています。

以下でも触れますが、適応型方法論の実務慣行を総称するために「アジャイル・アプローチ」や「アジャイル方式」という用語が包括的用語として使用されることがあります。

いずれのアプローチも、価値の提供、人間の尊重、無駄を最小化、透明性、変化への適応、継続的な改善など、その特徴や考え方の方向性に多くの類似点があります。


開発アプローチの選択

2021年版の新しいECO(Examination Content Outline)のもとで実施されるPMP試験で、高頻度の出題が予想される問題の一つに、「開発アプローチの選択」があります。

プロセスドメインに属するタスクの中で、「開発アプローチの選択」にフォーカスしたタスク、イネーブラーは、このタスク13に集められています。リストされたタスクは以下です。

タスク13 【適切な方法論/メソッド/実務慣行を特定する】

    ①プロジェクトのニーズ、複雑さ、規模を評価し、
    ②契約面や予算確保といった組織を動かす戦略を練り、
    ③予測型にするのか、アジャイルで行くのか、それとも
       ハイブリッドか、といった方法論やアプローチを推奨する
    ④反復型かインクリメンタル等方法論に沿った実務慣行を適用する

上記のうち、①、と②については、「開発アプローチの選択」に際して、いきなり開発アプローチの詳細な違いや、比較表による方法論の検討にとびつく前に、まずは下記のようなプロジェクトがおかれた環境に関するデータを集め、整理しましょう、ということを言っています。

「今回のプロジェクトのニーズ、複雑さ、規模はどうか」
「組織としてゴール達成に最も適した契約形態は何が適切か」
「自社の文化や人的リソース・スキルを活かせる体制はどのようなものか」
「さまざまな不確実性に対して最もリスクの少ない契約形態は何が適切か」
「他の案件との優先順位の兼ね合いで確保できる予算はどれくらいなのか」
「そもそも、組織の方針や戦略との整合はとれているのか」

プロジェクトの内容やプロジェクトがおかれた環境によって千差万別でしょうが、これらは、開発アプローチの違いにかかわらず、一般的に方法論の比較表の検討の前に、プロジェクト・マネジャーに求められているチェック項目です。

さらにタスク13の説明を見ると、プロジェクト・マネジャーに求められる能力として「プロジェクトのニーズ、複雑さ、サイズに基づいて、予測型、アジャイル、ハイブリッドのいずれのライフサイクルの中から適切なプロジェクトライフサイクルを推奨できること。各アジャイル(インクリメンタル)およびハイブリッドライフサイクルの基礎とニュアンスを理解し、プロジェクトでそれらを実践できること」とあります。

Based on project needs, complexity and size, recommend appropriate project life cycle whether to follow predictive (Waterfall), Agile (Iterative/incremental) or Hybrid (mix of waterfall and iterative) life cycle. Understand fundamentals and nuances of each agile (incremental) and hybrid life cycle and practice them in the project.

(出典)PMI PMP Examination Content Outline – January 2021

上記の説明文で記載されている「アジャイルおよびハイブリッドライフサイクルの基礎とニュアンス」とは何のことでしょうか?

以下では、PMP試験最速合格の視点から、ライフサイクルの基本的な特性と、アジャイルとリーンの微妙でかつ明確な違いを感じ取れるようにまとめていきたいと思います。


ライフサイクルの特性

そもそもプロジェクト・ライフサイクルにはどのような種類があるのでしょうか?

プロジェクト・ライフサイクルは、その特性により以下の4つに分類されます。
・予測型ライフサイクル
・反復型ライフサイクル
・漸進型ライフサイクル
・アジャイル型ライフサイクル

上記は「引渡しの頻度」と「変更の程度」によって理論的に整理したマネジメントの為の分類にすぎません。現実のプロジェクトでは、完全に当てはまるプロジェクト・ライフサイクルが存在するわけではありません。プロジェクトごとの状況に応じて、最適なアプローチを選択して、それらに沿った実務慣行を実行してゆくことになります。

上記4つのライフサイクルの特徴は以下です。

予測型ライフサイクル:計画を重視し、既知のアプローチやルール、成果物テンプレートを活用できる。
反復型ライフサイクル:未完成品のフィードバックに対して改善を繰り返しながら洗練させ、最後に完成品を納品する。
漸進型ライフサイクル:すべてが完了するのを待つことなく本番環境ですぐに使える小さな完成品を最速で納品する。
アジャイル型ライフサイクル:漸進型の最速納品で誤解または欠落していた要求に適応する。漸進型の頻繁なデリバリーと反復型のフィードバックの二つを実現する「いいとこ取り」タイプ。

上記のうち、アジャイル型ライフサイクルは、顧客のニーズによって、さらに「反復ベースのアジャイル」と「フローベースのアジャイル」に分類されることがあります。

反復ベースのアジャイル」は、同サイズのタイムボックスを構造的に取り込んでおり、各タイムボックスでテスト済み/動作可能なフィーチャーをデリバリーします。

フローベースのアジャイル」は、タスクボード上で各タスクのワークフローを管理する。タイムボックスのようなものは無く、各フィーチャーを完了するまでの時間はそれぞれ異なる。両者ともフィーチャー完了までの作業のボックスごとに、要求/分析/設計/開発/テストの工程を備えています。


引渡しの頻度」と「変更の程度」による “理論的な分類” をベースに、4つの基本的なライフサイクルの知識を頭に入れた後で、次に「開発アプローチの選択」において混乱しがちな、リーンとアジャイルの違い、その微妙なニュアンスについて整理してゆきます。


(参考図書)
プロジェクト・ライフサイクルを学習するための、必須のドキュメントとして、PMIが発行する「アジャイル実務ガイド」 は必携。持っていない人は購入をおすすめします。

アジャイル実務ガイド (日本語版) (Project Management Institute)
Kindle版 \4,958
ペーパーバック \4,936


包括的用語としての「アジャイル

「開発アプローチの選択」を問う問題の中でも、比較的出題傾向が高いのが、予測型、アジャイル、リーン、継続的デリバリーの中から最適な方法論を選択せよ、という種類の問題です。

ここで前提として注意しなければならないことがあります。今や「アジャイル」は、IT分野以外の領域にも使用されるポピュラーな用語となりました。適応型方法論の実務慣行を総称するために「アジャイル・アプローチ」や「アジャイル方式」という用語が包括的用語として使用されることがあります。

まずアジャイルという用語がウォーターフォール型(予測型)との対比の中で、包括的な意味で使用されているのか、それともより狭義な意味で、つまりカンバンやリーンとの対比で使用されているのかを見極める必要があります。

アジャイルはリーンから派生したものということになっており、総称する使い方も間違いではありません。
そもそも成り立ちから、アジャイルはリーンの影響を強く受けています。※1

アジャイルに継承されたリーン思考の特徴は、価値の提供、人間の尊重、無駄を最小化、透明性、変化への適応、継続的な改善など、多くは大変似かよったものです。つまりリーンは概念的には、アジャイルを包含していると考えることができます。ここから勘違いが生まれます。リーンはWIPの制約とかあるかもしれないが、ざっくりアジャイルと一緒じゃないか、と。

適応型の中でもアジャイルとリーンは、大きく異なります。PMP受験生としては、ここときちんと認識しておく必要があります。PMP試験ではそこを突いてくる問題が出題されるため、合格ラインの得点に結びつけるためには、それなりの受験対策とポイントの整理を行なっておく必要があります。中途半端な理解のまま相違点をしっかりと整理しておかないと本番試験で、思いがけず時間を取られてしまうことになりかねません。

※1 ジェフ・サザーランドが野中氏に初めて会ったときの話は有名です。講演会場で、スクラムを開発したサザーランドが開会前に野中氏に挨拶し「ついに私(野中)に会うことができ、感激している」と涙ぐんでいた、という話を野中郁次郎氏自身が紹介しています。

(出典)
アジャイル/スクラムから考える開発と経営 : 対談:野中郁次郎×ジェフ・サザーランド


リーンとアジャイルの決定的な違い

本番試験では、方法論の詳細な違いを学術的/重箱の隅的に尋ねる問題よりも、与えられたシナリオを前提としたときに、実務的にリーンとアジャイルのどちらが適しているか、を問われます。プラクティショナーの視点は、PMBOK第7版のリリースにより、さらに明確になってきています。このような設問に対する回答は、方法論の詳細を暗記するのではなく、シンプルな原理・原則を理解することで対応します。

※ 本番試験で扱われるリーンの概念については、適応型方法論の歴史や理論的な包含関係を問う問題以外には、リーン生産におけるカンバン方式を前提としている場合が多いです。なので、ここでは説明をシンプルにするために、カンバン方式を前提に説明しています。

基本的にアジャイルは、固定的なタイムボックス、役割の明確化等により構造化された製品(個別ソリューション含む)開発の手法です。製品開発の宿命である変更管理を柔軟に取り込みながら、チームが自律的にコントロールして、素早く、市場/顧客へ製品をデリバリーします。

これに対してリーンは、プロジェクト全体を最適化するために、進行中のチームの作業に上限を設け、生産性(フロー)を最大化するための手法です。メンバー全員が確認できるカンバンボードは一見シンプルですが、作業フローの継続的改善を実現する為に、リーンの本質を示す強力なツールとなります。

この2つを比較表の形で簡単に整理すると次のようになります。

リーン(カンバン)アジャイル
期間タイムボックスの概念が無いイテレーション(スプリント)
を意識して仕事をする
リリース継続的引渡し各スプリントの終了時に
スプリントの完成品を納品
作業制約全体の生産性のために
進行中の作業数を制限する
作業数を制限してフローを
最適化することはない
変更管理随時変更を受け入れる スプリント中は変更しない
作業順序アイテムプールから取り出しビジネス価値優先の
バックログから取り出し

こうして見ると、リーンとアジャイルは、同じ「適応型アプローチ」といっても、だいぶ違うことがわかります。

特に決定的な違いは、リーンはアジャイルと異なりタイムボックスを中心的な概念としていない点です。これはリーン(カンバン)が生鮮食料品店の棚の補充発注システムから着想 ※2 されたことを考えると違和感はありません。

タイムボックス、つまり作業時間の中でのケイデンス ※3 を意識しない。ということは、別の言い方をすれば、可能になればいつでも製品に組み込むことができる(チームは追加・変更要求の発生都度、デリバリーを非常に頻繁に行うことができる)、ということになります。

また、後続フローにボトルネックが発生してる(余分な仕掛りが溢れかえってる)場合は、部分であるチームが全体の最適を判断して、なんと前工程として作業量 ( WIP ) を自律的に抑制します。(すごい!)

※2 トヨタ生産方式の誕生:米国のGM、フォードなどを視察した大野耐一氏が衝撃を受けたのは食料品店の棚の補充発注システムだった。 1956年当時日本ではコンビニどころかスーパーマーケットさえ新業態だった時代。彼は買い物客を後工程とみなし、前工程は後工程が引き取っていった部品を補充するというスーパーの仕組みからカンバンの枠組みを着想した。
(出典 トヨタ生産方式、gazoo

※3 ケイデンス:(例えば)自転車のペダルが1分間に何回転しているかを表す。ちなみに通常は1分間に70~90くらいのケイデンスに対し小野田坂道は180以上の超高ケイデンスで走る(出典:弱虫ペダル 株式会社 秋田書店)。音楽理論では、あるコードから次の安定したコードへ解決すること、またはそれらのコード進行をまとめる周期的な型のこと。

以下に、典型的な「開発アプローチの選択」問題をあげておきます。

「開発アプローチの選択」問題(例題)

【問題】

介護ロボットは、情報の感知(センサー系)、判断(知能・制御系)、動作(駆動系)の3つの要素技術から構成される知能化したシステムである。あなたは今回、在宅介護事業向けの介護ロボットを継続的に提供するプロジェクトのプロジェクト・マネジャーに任命された。本プロジェクトを遂行するにあたって、あなたはライフサイクルの選択を行なっている。今回のプロジェクトは要求仕様が日次単位など極めて頻繁に変更されることが予想される。あなたが選択すべき最も適切なライフサイクルのモデルは次のうちどれか。

【選択肢】

1.スクラム
2.継続的デリバリー:アジャイル
3.リーン
4.アジャイル

【正解】

3.リーン

リーンは継続的なワークフローを特徴とし、チームは必要に応じて発生する頻繁な変更要求に対応することが可能な開発ライフサイクルです。

リーン生産方式におけるカンバンボードによる見える化、仕掛中の作業数の制限によるフローのコントロールなどは、とても単純な手法に見えますが、淀みないワークフロー、ボトルネック、さらに全体的な状況を把握するための、シンプルで現実的な手段をチームに提供してくれます。

(このページで参考にしたその他の資料)
Disciplined Agile Delivery / Scott W. Ambler and Mark Lines
Choose Your WoW! / Scott W. Ambler and Mark Lines
PMBOK GUIDE 7th Edition / PMI
トヨタ生産方式 109th 版, Kindle版

updated 2021/09/10

(4)適応型プロジェクトと開発アプローチの選択(更新)

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